2019/1/3 筥崎宫玉取祭

日本的观光活动 2019/1/3 筥崎宫玉取祭 的观光资讯/旅游信息


2019/1/3 筥崎宫玉取祭4.0

去这里查询路线

 举办期间 2019年1月3日 ~ 2019年1月3日

最佳旅游时间1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月

位于福冈市东区的筥崎宫和京都的石清水八幡宫、大分县的宇佐神宫,并称为日本三大八幡宫,其筑前一之宫是国有重要文化财产,祭祀着开运和胜利的神明。
每年1月3日筥崎宮为了祈愿丰收和丰渔,举行新春传统神事玉取祭,也被称为玉竞祭。
由氏子(信徒)按照地域不同分为“陆组”和“滨组”,来争夺直径28厘米,重达8公斤的「玉」(木球),来占卜一年吉凶的正月抢球活动。
这个庆典起源于500年前的室町时代,自古以来盛大隆重而且慎重地举行,不仅闻名全国,被称为九州三大祭,更是有名的裸身祭之一,是祈求五谷丰登和渔业丰收的新春传统活动,到访者达到5万人以上。

下午1点开始的“洗玉仪式”净化“阴”“阳”两个木球之后,玉取祭在本殿北侧的玉取惠必须神社正式开始。
身着兜裆布的300个信徒男子大冷天里,顶着被泼水的严寒,围绕一个木球“阳之玉”展开激烈争夺。
据说只要碰到阳之玉,并放到头上就能避祸避灾,得到幸运,因此信徒们互相激烈碰撞、抢夺的情景十分雄壮热烈,光是看着也觉得很有意思,现场人们的热闹喊声席卷全境。
从末宫到本殿250米的路上边竞争边前进,直到传递到在本殿等待着的神职者手中,阴阳二球汇合,奉于神明前,执行祈愿神事。
最终落入陆组之手的话预示着今年将是大丰之年,落入滨组之手则将迎来海上大丰收。

日期:2019年1月3日 13:00至14:30 绘马殿前进行洗玉仪式
然后把阳之玉(球)交给后东侧,离着250米远的末宫 玉取惠比寿神社,抢球活动开始。
会场:玉取恵比寿神社~筥崎宮境内
地址:福冈市东区箱崎1-22-1
露天摊贩:约120间
交通:福冈市营地铁 箱崎宫前站1号口,步行3分钟
JR鹿儿岛本线 箱崎站下车,步行8分钟
西铁巴士 箱崎下车,步行3分钟
JR九州巴士 箱崎1丁目下车,步行2分钟


目的最爱祭典,交通方便,惊险刺激,能量景点,神社/寺庙,观光,边走边吃
最近的机场/车站箱崎宫前站 (大约0.3公里) 查询路线

由我们为您向导此景点

评论

5.01年前

三大八幡之一

4.02年前

筑前国一宮

5.01周前

ちょうど来た時にいい風が流れていました。
敵国降伏
この文字だけ見ると、力でねじ伏せるという意味に捉えがちですが、本来の意味は敵国が自国の魅力に自ら降伏する。つまり、力というより魅力を磨けば相手が認めてくれるという意味で捉えた方がいいそうです。
捉え方はネットなどを見ての私の解釈の仕方になりますがそう考えると、この神社に来てもっともっと自らを磨かなければならないと思いました。
ありがとうございます。

5.0本周

■ 敵 国 降 伏 ■ 

筑 前 一 之 宮 八 幡 大 神

圧倒的な社殿、不動の存在感

福岡県庁の近く。砂浜に赤い鳥居があり3号線そばに大鳥居。そこから1Km近くの長い参道が続く~

境内には応神天皇の御胞衣を箱に入れて白砂青松の地に植え、松を植えたといわれる、その筥松があり御神木となっている。

天平宝字三年(759)創建説があるが現在は延長元年(923)筑前穂波郡の大分宮から移転されたと考えられているらしい。

当社の元社と考えられる筑前穂波郡の大分宮は現在の福岡県飯塚市大分鎮座の大分八幡宮である。

参拝は楼門で行う。境内には鳩が多い。楼門に⚡敵国降伏⚡の扁額をかかげる。

社殿の東西に、東末社と西末社がある。

東末社には~
池島殿・武内社・乙子殿・住吉殿・稲荷社

西末社には~
龍王社・若宮殿・仲哀殿・厳島殿・民潤社

筥崎宮のトリプル インパクト

重厚な明神鳥居、 

楼門と敵国降伏、

黒い御朱印帳、

覇気に満ちた八幡神でした。

               神恩感謝

3.04周前

*紫藤花
*日本三大八幡宮,一千多年歷史
*重要文化財
*豐臣秀吉在征服島津義久之後,對九州進攻進行論功行賞的地方。也是黑田官兵衛獲得豐前國2/3的時間點。

八幡神是日本天皇的祖神,可以追朔至傳說中日本的第十五代天皇──應神天皇,和比賣神、神功皇后合稱八幡神。自從平安時代以來,受到神佛合一的影響,也成為佛教的護法神,有「八幡大菩薩」的稱號。而源自皇室的源氏武家將八幡神視為守護神,之後源賴朝創立鎌倉幕府,八幡神也演變成守護武士的武神。一直到現在,日本人在日常生活中也時常請求八幡神的保佑喔!

*位於九州大分縣宇佐市的宇佐神宮是全日本八幡宮的總本社,加上京都的石清水八幡宮、福岡的筥崎宮、鎌倉的鶴岡八幡宮,統稱「日本三大八幡宮」。

*奉祀應神天皇・神功皇后・玉依姫命。延長元年(923),從穂波郡大分八幡宮搬遷於此時創建。這個地區在12世紀鴻臚館貿易衰退之後,成為對外貿易的中心而十分繁盛。之後又作為元寇來襲時的戰場,見證了許多歷史性的一刻。現保存有本殿、拜殿、樓門、一之鳥居、石燈籠等許多國家指定重要文化財產。每年的奪球節和放生會大祭等祭祀活動都吸引許多人潮前來。

周边景点

大约2.3公里
大约5公里
大约11.8公里
大约23.9公里
大约33.3公里
大约34公里
大约45.6公里
大约45.8公里
大约58.1公里
大约59.4公里